震災後、政府や関係各所の対応がいろいろと取りざたされておりますが、その中でも注目されているものの一つが『東京電力の対応』です。
情報の出し惜しみから始まって、対応の遅さや不誠実な対応等々・・・上げればキリがありません。
こういう状況を前に、「東電を潰してしまえ」「東電の被害を税金で行うのは認めない」といった感情的な意見が大量に発生するのは無理からぬ事だと思います。
一言で言えば発生した危機に対応するプロが居ない、コレに尽きるのですが。
(そういう意味では、過去の企業不祥事と同根といえます。)
さて、ここで報道等を聞いていて『あれっ?』と思ったのは、枝野官房長官が「東電の免責はあり得ない」「国有化」などと発言し、コレに同調する形で東電叩きが加熱していったことです。
東電の福島第一原発問題についての不適切な対応等への不満と言った感情的な火種があり、そこへ政府が油を注いで煽ったのですから燃え上がるのは当然と言えますが、同時に「日本はどんなに理不尽でも法を守らねばならない法治国家」であり、「被災地の救済を最重要に対応するのが政府の使命」であること考えると、政府の発言やマスコミの一部報道は東電をスケープゴートにして自らの失点を隠す事が目的なのではないか・・・と。
そもそも『東電を潰すこと』は極めて難しく、仮に可能だったとしても法に則って行われた場合、その被害を最も受けるのは「被災地・被災者」なのです。
今回のエントリーでは、この『東京電力が絶対に潰せない理由』を解説します。
(先に宣言しておくと、東電の免責に関して私自身感情的には納得出来ません・・・が、法治国家として対応するとこのようになります。)
◆「東京電力株式会社が潰れる」とはどういう状態か 基本的すぎるとは思いますが、まずここから。
東電は株式会社、しかも東証一部上場の会社です。
ですから、当然株主がいます。
直近の総資産(単独)は12兆6430億円、流動資産(単独)は 2兆1606億円です。
経営状態からすれば、「今現在」の債務超過による倒産は考えられません。
この東電が潰れると言うことは、すなわち
賠償金の支払い等により債務超過になる と言うことになります。
◆東電が倒産すると被災者がさらなる苦境に立たされる 東電が倒産した場合、当然のことながら法律に則り破産手続きに入ります。
そして最終的には資産を債権者に分配した上で、足りない分に関しては「免責」となります。
ここで議論からこぼれ落ちてしまっている問題は『被災者への損害賠償がどうなるのか』です。
一般論として言えば、被災者への損害賠償は一般債権ですので、倒産して免責が確定した場合支払われなくなります。 今回の損害賠償額は数兆のオーダーになる可能性があり、総資産だけをみると東電が支払い可能な様に見えますが、
東電の資産の90%程度が実は固定資産で、現金等の流動資産はあまりありません。
固定資産を担保に融資を受けるという事も考えられますが、発電所等の土地建物を担保として取ったとしても、これを売却して現金化することなど出来ませんから事実上1兆円程度の流動資産のみが損賠償等で支払える上限と言えます。
企業が倒産した場合には法に基づき債務減免により負債を大幅に圧縮して再生させます。
東電が倒産して債務の減免が行われた場合、今回の損害賠償の大半は支払い義務が無くなる為、被災者は賠償金のかなりの部分を得られない状態になります。
特に政府は「原発問題の責任は東電にある」との方針ですので、倒産したら上記の様な問題に直面するでしょう。
つまり本来倒産する状態ではない東電を、政府が負うべき責任まで押しつけてつけて倒産させた場合、その影響が被災者に襲いかかるのです。◆政府は簡単に東電の責任といって逃げるが・・・ 東電を潰す為には原発被害の責任を全て負わせれば簡単です、なにせ莫大な規模と範囲が保障対象になるでしょうから。
しかし、これを行おうとしても極めて困難と考えられる最大のハードルは法律です。
まず、
原子力損害の賠償に関する法律(略称:原子力損害賠償法)では電力各社に下記の通り一定の条件での免責を認めています。
第三条 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、
当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。
ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたもので
あるときは、この限りでない。
そして『天変地異』がどの程度の規模を想定しているかは、
平成10年9月11日に開かれた
第3回原子力損害賠償制度専門部会議において次のように想定されているとの発言があります。
(村上専門委員) 結論は賛成だが、関東大震災の三倍以上とは、何が三倍ということか。
また、社会的動乱と異常に巨大な天災地変との関係はどういうものか。
(下山専門委員) 一般的には、震度・マグニチュード・加速度であろうが、三倍といったときには、おそらく加速度をいったも
のであろう。
関東大震災がコンマ2くらいなので、コンマ6程度のものか。発生した損害の規模でなく、原因、主に地震の規模であろう。
(事務局) 社会的動乱とは戦争、内乱等をいい、異常に巨大な天災地変とは別概念である。
(能澤専門委員) 原子炉は加速度で関東大震災の三倍までは耐えられるよう設計しているだろうが、一般の建物等の被害はそれをはるかに超えるものとなるだろう。
(部会長) 異常に巨大なといったときの基準は、現時点では加速度であろうと推定できる。
なお、資料の中で原賠法以外の法律を引いているが、天災その他の不可抗力が「競合したとき」に斟酌できる。
異常に巨大な天災地変「によって」生じた損害を免責とする原賠法とは必ずしも同一に論じられないということに注 意すべきである。
これは今回は免責事由に残すが、政府の事後的バックアップにより、国際水準には達しているという理解としたい。
通常の読解力で言えば
『巨大な天災地変とは “天変地異の規模” によるのであって、予測可能かどうかの問題ではない』と言うことが分かります。
同時に
『異常に巨大な天変地異とは加速度が関東大震災の三倍以上の地震に関連する事象』ということも分かります。
関東大震災の加速度がおよそ300〜400ガルと言われていますが、気象庁が発表した東日本大震災の最大加速度は2933ガルとなっており、関東大震災の約7〜8倍です。
今回、福島第一原発は震災発生時に緊急停止しており、津波で冷却施設が壊滅しなければ放射能漏れ事故は発生しませんでした。
そしてその津波は“関東大震災の7〜8倍の規模の地震”により引き起こされています。
この基準で言うなら、今回の地震は充分に免責事由に当ると言えます。 そして、
政府及びメディアが「予測可能だったから責任がある」等という発言は大きなミスリードであることを示しています。
少なくとも完全に免責が認められるかどうかは裁判等で争う余地がありますし、異常に巨大な天変地異の定義が予測可能かどうかではなく、災害の規模で規定する旨の発言があることから、恣意的判断が難しい裁判に持ち込まれれば政府の主張の方が弱いと言わざるを得ません。
◆政府vs株主 法に基づかない対応を経営陣が行って東電が経営危機に陥れば、「原子力損害賠償法に基づく免責により本来発生しなかったはずの損失を被った事」に対し株主は株主代表訴訟をしてきます。
今回の件は前項で書いたように、東電には今回の損害賠償について免責になる可能性があります。
当然、免責を主張しない東電経営陣に対しては厳しい展開になるでしょう。
特に東電を資産株として運用していた機関投資家には年金関連のものも多く、東電が倒産した場合これらの資産が吹っ飛びます。
東電を潰した為に年金の額が減る事態もあり得るわけです。 もちろんそんな事態を座して待つ訳にいきませんから、機関投資家は訴訟も視野に入れた行動を取ることは充分合理性があります。
この場合、東電だけでなく政府に対しても損害を賠償するように申し入れる事が考えられます。
仮に国有化と言うことを政府が打ち出しても、上場企業である東電は既に既存の株主がいますので、実行する為には「既存株主から株を買い取る」しかありません。
当たり前ですが、震災により資産が棄損した分を勘案したとしても東電の一株あたりの純資産(東電の資産を発行株数で割ったもの)は千数百円ですので、これを買い取って国有化するのは資金的に至難の業です。
株主責任を指摘して減資せよというような無茶な政府発言やマスコミ論調もありますが、損害賠償が免責となれば当然減資の必要はなくなりますので、この線での国有化や懲罰的な減資なども現実的ではないです。
つまり、現在の
東電に関する政府発言は「商法等の法律に基づく関係者の対応を無視したもの」と言えるでしょう。
◆税金の投入は嫌な政府、しかし・・・ 政府としては税金の投入をなんとしても減らし、東電を叩くことで自分の正統性を主張したいようですが、そう上手くはいきません。
東電が電気料金を上げて賠償金を支払う場合、一部被災者に対して自力救済を要求していることに他なりません。 東電の管内には、今回の被災地である茨城、千葉などが含まれます。
損害賠償金を捻出する為に電気料金を上げるということは、これらの地域の被災者から「貴方たちの損害賠償に使うから、その分余計に払って」と言っていることと同じです。
菅内閣を始め、東電を潰せと言っている人達はこの点をどうお考えなのでしょう。
被災者に支払う賠償金の原資を被災者自身が支払う・・・おかしいと思いませんか? 仮に被災地を除いた範囲だけで東電が値上げするというアクロバティックな策を打ってきたとして、この損害賠償を支払うのは「東京電力管内に在住の個人、法人」と言うことになります。
これは言い替えると
「東電管内の住人だけで原発被害を救え」と言うのと同義です。
◆日本はいつから「人治国家」になったのだろう ここまでで述べたように、今回の政府対応は法律を無視した対応であり、東電が本気で政府と裁判を行うと成ったらかなり分が悪いと言わざるを得ません。
そもそも、国民の人気が出ることだけを判断基準に法律に基づかない政治を行うことは、すなわち「大衆迎合型政治」であり、ポピュリズムが国を滅ぼした例は多数存在します。
法治国家である以上、感情的に納得しにくくても法に基づいた対応をしなければなりません。
にもかかわらず、
法に基づかない対応で東電に全ての罪を背負わせて自分の正義を振りかざす。
この構図はあの「事業仕分け」と全く同じです。
東電が賠償責任を免れたからと言って、原発問題の責任がなかったことにはなりません。
賠償以外の方法で責任を追及すればいい。
ただ、世界の注目を集めている中「法治国家としての対応」をしなければなりません。
◆現実的な解は「原発の国有化」 さて、東電を潰すことは被災者救済も含めて得策ではない、かといって原発をこのままにするのも・・・
という点を考慮した解を捜すとしたら、原発の国有化がもっとも現実的な対応といえます。
つまり「東電所有を含む全ての国内原発を政府が買い上げて国営化する」と言う案です。
国営化された原発から各電力会社が電力を買い、その利益を次世代エネルギー開発に投入します。
原発の維持にかかる費用も売電価格に上乗せして確保すればいい。
その上で、次世代エネルギーの目処が付いた時点で原発を廃止すると宣言する。
被災者救済に関しては全て国が負担し、かかった費用は次世代エネルギーに関する権利から時間を掛けて回収する。
発電と送電を分離する案が出ていますが、はっきり言って論外です。 送電と発電を分けることが何故今回の問題解決につながるのか全く理解出来ません。
今回の問題は原発であって、火力や水力と言った他の発電方法は関係有りません。
これらも含めて発電を全て政府が対応すると?
まさに「論点のすり替え」の見本のような展開です。 結局、政府が『なにも考えていない』事がよく分かります。
現在聞かれる多くの政府・マスコミ論調は「法に基づかない制裁=私刑(リンチ)」としか言いようがありません。
そんな当たり前のことに気が付かず、政府与党内での調整すらせず場当たり的な思いつきで行動する事を「政治主導」と勘違いする民主政権。
震災以降の日本最大不幸は震災時に現在の内閣だったこと・・・と言わざるを得ません。
【5/19追記】
4月27日の衆院経済産業委員会で共産党の吉井英勝議員が福島第一原発の電源喪失に関して質問し、原子力保安院の寺坂院長が『全電源喪失の原因が津波ではなく地震による受電鉄塔の倒壊である事』を認めました。
これは、津波があっても地震がなければ冷却システムへの電気供給が出来た可能性が有ることを示しています。
非常用電源はあくまで非常用であり、メインの電源が生きていれば喪失しても問題ないからです。
【外部電源喪失 地震が原因 吉井議員追及に保安院認める】 2011年4月30日「しんぶん赤旗」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-04-30/2011043004_04_0.htmlまた、与謝野馨経済財政担当相は、賠償枠組みの検討過程で東京電力の責任を免除すべきだと主張したことを5月17日の閣議後の記者会見で明らかにしています。
原子力損害賠償法に免責規定があり、今回はそれに該当する事を指摘しています。
また株主等からの訴訟の可能性にも言及しています。
これは、政府が法に基づかない判断を行っている事の傍証とも言えます。
【東電の賠償免責を主張=枠組み検討過程で、与謝野経財相】 2011年5月17日「時事ドットコム」
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2011051700367