本当はこのテーマで書く予定じゃなかったんですよ、ええ。
数字を使った印象操作について、前後編で書き始めた途中だったんです。
ただその最中に、いつもTwitterでお世話になっている国際アナリストの藤井厳喜センセが、【藤井厳喜アカデミー】(動画とBlogの連動した政治学講座)で「国内政治と国際政治の違いとは何だろう?」ってのを(なんと動画5本!)公開なさったんですよ。
(ちなみに「藤井厳喜アカデミー」は非常に勉強になるのに無料なんです、センセってば太っ腹♪)
そして、その中に次の内容(藤井厳喜公式Blogより引用)があります。
一番大事な点は、国際政治においては、主権国家は全く並列的に平等な存在であり、その点から言えば、世界は慢性的な戦争状態にあると言っても過言ではありません。
主権国家が国益の増大を求めて戦争を起こす事は、国際法上は全く合法的な行動なのです。
まさに正論、国際情勢を考える際の前提条件です。
・・・が、これを読んだ時に多分多くの読者の方が「そうはいっても実際に戦争してるのってイラクとかアフリカ辺りだけじゃん」って疑問に思うのではと考えました。
つまり世間の認識では「戦争行為=武力衝突」であり、「武力衝突がない=問題が無く平和」であると。
さらに言えば「戦争=軍国主義、侵略」という微妙に誤った認識を多くの日本人が持っているかと。
これでは、すごく重要な先の講義を見ても実感が湧かないかも・・・と不安になり、急遽テーマを変えて書き始めた次第。
そういう意味では、センセの政治学講座の補足とも言えるかもしれません。
さて本題。
センセーショナルな表題の通り、情報戦の立場に立つと「世界は常に戦争状態にある」と言えます。
そもそも、「戦争」とは軍事学者(ドイツの将軍だから本来は実践者ですけど)として名高いクラウゼヴィッツの「戦争論」の中に、もっとも端的に記されています。
・戦争とは他の手段をもってする政治の継続である
戦争とは国家を主体とした政治的行為であり、政治的目的を達成するための選択肢の一つとして戦争・・・「自らの意志を敵に強制することで政治的目的を遂行するために用いられる暴力行為」、言い換えれば「自分の意見を相手に無理矢理呑ませるために使う暴力行為」が存在すると言うことです。
情報戦とは「情報の発信、伝達等を活用して“自らの意志を敵に強制し”政治的目的を遂行する行為」ですので、「暴力」とは手法が異なるものの、政治的目的遂行という本質から言えばまさに「形を変えた戦争行為」といえるわけです。
そして、前述の政治学講座でも述べているように「俗な言い方をすれば、国際政治においては、秩序を破壊し、悪い事をやっても、警察はこない」訳ですから、当然各国は基本方針として自国の利益の最大化を政治目的の筆頭として考慮します。
自国の領土や権益を出来るだけ増やすように、近隣国は自国側に抱き込むように、それが無理なら最低でも自国に攻撃の矛先を向けないように、どうしても必要なら軍事力を行使してでも。
この話をすると必ず出てくるのが「他の国がそんなことするはず無い!」「話せば判ってくれる!」という論調ですが、これは事の本質をまったく理解していない証拠。
国際社会とは「警察も消防署も自衛隊も無い状態」なのです。
上の論調は「警察も消防署も自衛隊も無い状態だけど、誰も泥棒や強盗に入ったりしない!」「警察が存在しないけど、強盗が入ってきても話せば判ってくれる!」と言っているのと同じです。
こういう論調の方は、まず自分の家の鍵を全部撤去して(もちろんセコム等も解約して)、防犯用品は全部捨てた状態で生活してから、再度主張してください。
それが出来ないなら、上記の主張は間違っていると言うことです。
たかが強盗くらいと話して判らないなら、それよりさらに複雑な国家相手の問題が話しただけで分るわけがないですから。
199X年に世界は核の炎には包まれませんでしたが、国際社会は弱肉強食状態なんです。
村から一歩外に出るとモヒカンでヒャッハーとか言ってる強盗がウヨウヨ居るんですよ。
しかも村を襲ってくることだってあるし、お爺さんが持ってる種もみだって奪われちゃうんですよ!(爆)
閑話休題(^^;
(思わずネタに走ってしまった・・・orz)
既に述べたとおり原則として戦争は政治的行為の一形態ですが、暴力行為ですのでそう簡単に行う事が出来ません。
そりゃあ、自分が殴りかかったら返り討ちに遭うことや、勝てても怪我することだって有ります。
また勝ったけれども周囲から孤立する事もあるでしょう、暴力的な人が避けられるのは当然です。
ですので、馬鹿じゃない国は「情報戦」によって国際競争という名の戦争を戦います。
つまり「脅す、なだめる、交渉する等々の情報戦術を駆使し」「相手を上手くコントロールして自分の希望する回答を引き出す」もしくは「反抗出来ない状態に陥れる」と言うこと。
この中には直接的に相手と交渉する方法もあれば、ハニートラップのように相手の国の政治家などの弱みを握って上から動かす方法、相手国の国民を情報操作でコントロールする方法、さらには相手国の国内に意見対立や争乱を起こして対外的な行動が出来ないようにする方法等々、様々な手法が使われます。
上の例見て、何か思い出しませんか?
そう、日本のマスメディアや日教組がやっている行為がまさにこれらに当たります。
日本はまさに「情報戦の戦場になっている」のです。
そして国民にも政府にもその自覚がないので、世界から見るときわめて操作しやすい、日本国民から自国に有利な回答を引き出しやすい、もっと厳しく言うなら海外の国から見ると「日本は自国利益のために世界で最も搾取しやすい国」になっているのです。
ここまで読んで、怖くなったり腹が立たない方は少ないと思います。
でも現実です。
そして、その現実に対抗する組織や手段は「現時点ではほとんど無い」状態です。
これは「汚いことから目を背け、国防や戦争と言う現実を考える事すらタブーにしてしまった国民の責任」でもあります。
しかし、この風潮すらGHQをはじめとする海外勢の情報操作に因るものです。
本来、日本の文化や思想、社会は情報操作に対して他国より柔軟かつ抵抗力の強いものでした。
そうでなければ、明治維新で日本のアイデンティティを失わずに海外の思想や文化を取り入れるなどという、世界史的に見れば極めて変態的(笑)な芸当など出来ません。
そのような場合、ほとんどの国は思想的もしくは文化的、場合によっては本当の意味でも属国化してしまいます。
確かに極めて危険な状態です。
でも、まだ遅すぎるわけではありません。
皆さんが必要十分な情報を手に入れる事が出来、一人一人が情報戦状態にあると自覚出来れば事態を変えることは出来るのです。
2010年02月20日
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脱北者受け入れの拡大は、危うい政策のような気がします。韓国で難民を装って軍幹部の愛人になってた人は実は北のスパイだったという事件があります。こんな例があっても、二重国籍、外国人参政権など進めるきなんですかね。狂ってます。
思わず、お前の血は何色だと言いたくなる。
「政治(外交)が一定の段階まで発展し、もうそれ以上前進できなくなると、政治の途上に横たわる障害を一掃するために戦争が勃発する。障害が一掃され、政治目的が達成されれば、戦争は終わる。政治(外交)は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治(外交)である」
ですね。
危ないも何も、脱北者の受け入れは人道の名を借りた浸透作戦です。
それが分らないのは、「人道」を叫ばれると思考停止してしまう一般人と、実際に叫んでいる人達だけで、上の方が全て戦略通りです。
なにせ目的が「売国」ですので。
>kusuko
そのとおりです。
現代に於いて一つだけ訂正するとするなら、「政治目的が達成されても、すぐに次の政治目的が発生するので、実質的に戦争が終了することはない」と言うことですね。
異民族とは話合って分かり合えないことの方が多いです。夫が外国人ですので良くわかります。喧嘩になると、夫婦喧嘩でなく夫婦戦争になります。でもこれは、どうにもなりません。
人には千年単位で、その民族の経験してきたことがDNAに埋め込まれています。私には日本人が経験して、その結果学んだことが二千年分くらいインプットされていますので、これを変更させることはできません。夫も同様です。
夫婦で政治の話をしない、これが唯一の夫婦戦争を回避する道です。日本人の二千年に渡る知恵を自分の中に感じられたことが、この結婚の最も大きな収穫と言えます。
私も遅すぎることは無いと思います。大切なことは、世界の標準に日本を合わせないこと。遅れているといわれても動じないこと。柔道、剣道、弓道、茶道,碁、将棋、これらの中に人が生きる上で必要なことが、ビッシリ詰まっています。子供にこれらのことを学ばせることです。そうしないと、松井選手のような精神力の強い日本人は出てこなくなります。
夫婦別姓や戸籍廃止など、先進国の標準に日本を合わせると、多くの日本人が精神の安定を失います。そこで、活躍するのは精神科医と心理学者です。人は矛盾する存在です。人の矛盾を自然に受け入れてきた日本人はたいしたものです。これは、歪んだ茶碗をめでる心に通じます。シンメトリ〜を好む西洋人とは相容れません。
概ね仰るとおりです。
家庭内での文化摩擦、ご苦労様です。
一点だけ付け加えさせて頂くと「西洋人とは相容れない」をもう少し広く捉えて頂ければと。
大きく分けて、現状の世界では「西洋的思想」「イスラム的思想」「その他の思想」が存在します。
その中で、最も柔軟性が高く、かつ世界的に影響力があるのが日本です。
文化や思想の優劣という意味ではなく、日本文化のこうした特徴は、今後世界の中で特に必要とされると考えます。
ここ数年、家庭内の文化摩擦はほとんどありません。私は夫を外国人だと思っていますし、夫にも私を外国人であることを忘れるなといっていますので。つまり諦めたというわけですが、諦めた後の清清しさというものも乙なものです。
誤解を与えてしまったかもしれませんが、私は文化に優劣が有るとは思っていません。文化は花と同じです。その地その地で一生懸命咲いています。特に高山植物を見ると感動します。厳しい条件のもとで、けなげに咲く花には心を打たれます。
花に優れた花や劣った花がないのと同様に文化にも優劣はありません。もちろん好みはあるでしょうが。
西洋人とは相容れないというのは、基本的にはという意味です。西洋人はシンメトリ〜を好みます。しかし、ベルサイユ宮殿の庭園を見て、私は不気味な印象を持ちました。日本の茶人が好む歪んだ茶碗が、私にそう感じさせたのだとおもいます。
これはあくまでも私の印象ですが、ごく一般的な西洋人は総じて矛盾を好まない傾向があると思います。しかし、人間は矛盾する存在でありますし、女性よりも男性の方が数倍矛盾する存在でありますので、西洋における西洋の男性の生きにくさを感じています。
とはいえ、やはり日本が付き合っていけるのは西洋でしょう。付き合っていくのに必要な最低限の共通する価値観は、シッカリ備わっていますから。50歳を過ぎて、聖徳太子と福沢諭吉の偉大さがジワジワと分かってきました。
貴殿の仰るとおり、私も日本文化の柔軟性はこれから世界で必要とされると思います。しかしその前に、心配されるのは西洋の国々で急速にイスラム教徒が力をつけていることです。私はスイスのZURICH州の隣の州に住んでいますが、スイス人がどんどんこちらの方に移り住んでいます。イスラム教徒居住地区ではもはや生活できないからです。
西洋文化は大丈夫だろうか、持ちこたえていけるだろうか。これが喫緊の課題です。
拝読させて頂きました。
貴女のような考え方の日本人が、一人でも多くなってくれることを祈るばかりです。
日本にとっての正念場はここからですし、それを乗り越えるには多くの人の力が必要ですから。