2011年05月17日

それでも東電を潰してはいけない理由 −法治国家として被災者救済の為にどうすべきか−

 震災後、政府や関係各所の対応がいろいろと取りざたされておりますが、その中でも注目されているものの一つが『東京電力の対応』です。
 情報の出し惜しみから始まって、対応の遅さや不誠実な対応等々・・・上げればキリがありません。
 こういう状況を前に、「東電を潰してしまえ」「東電の被害を税金で行うのは認めない」といった感情的な意見が大量に発生するのは無理からぬ事だと思います。
 一言で言えば発生した危機に対応するプロが居ない、コレに尽きるのですが。
 (そういう意味では、過去の企業不祥事と同根といえます。)

 さて、ここで報道等を聞いていて『あれっ?』と思ったのは、枝野官房長官が「東電の免責はあり得ない」「国有化」などと発言し、コレに同調する形で東電叩きが加熱していったことです。
 東電の福島第一原発問題についての不適切な対応等への不満と言った感情的な火種があり、そこへ政府が油を注いで煽ったのですから燃え上がるのは当然と言えますが、同時に「日本はどんなに理不尽でも法を守らねばならない法治国家」であり、「被災地の救済を最重要に対応するのが政府の使命」であること考えると、政府の発言やマスコミの一部報道は東電をスケープゴートにして自らの失点を隠す事が目的なのではないか・・・と。

 そもそも『東電を潰すこと』は極めて難しく、仮に可能だったとしても法に則って行われた場合、その被害を最も受けるのは「被災地・被災者」なのです。

 今回のエントリーでは、この『東京電力が絶対に潰せない理由』を解説します。
 (先に宣言しておくと、東電の免責に関して私自身感情的には納得出来ません・・・が、法治国家として対応するとこのようになります。)



◆「東京電力株式会社が潰れる」とはどういう状態か

 基本的すぎるとは思いますが、まずここから。
 東電は株式会社、しかも東証一部上場の会社です。
 ですから、当然株主がいます。
 直近の総資産(単独)は12兆6430億円、流動資産(単独)は 2兆1606億円です。
 経営状態からすれば、「今現在」の債務超過による倒産は考えられません。

 この東電が潰れると言うことは、すなわち 賠償金の支払い等により債務超過になる と言うことになります。



◆東電が倒産すると被災者がさらなる苦境に立たされる

 東電が倒産した場合、当然のことながら法律に則り破産手続きに入ります。
 そして最終的には資産を債権者に分配した上で、足りない分に関しては「免責」となります。
 ここで議論からこぼれ落ちてしまっている問題は『被災者への損害賠償がどうなるのか』です。

 一般論として言えば、被災者への損害賠償は一般債権ですので、倒産して免責が確定した場合支払われなくなります。
 今回の損害賠償額は数兆のオーダーになる可能性があり、総資産だけをみると東電が支払い可能な様に見えますが、電の資産の90%程度が実は固定資産で、現金等の流動資産はあまりありません。

 固定資産を担保に融資を受けるという事も考えられますが、発電所等の土地建物を担保として取ったとしても、これを売却して現金化することなど出来ませんから事実上1兆円程度の流動資産のみが損賠償等で支払える上限と言えます。

 企業が倒産した場合には法に基づき債務減免により負債を大幅に圧縮して再生させます。
 東電が倒産して債務の減免が行われた場合、今回の損害賠償の大半は支払い義務が無くなる為、被災者は賠償金のかなりの部分を得られない状態になります。
 特に政府は「原発問題の責任は東電にある」との方針ですので、倒産したら上記の様な問題に直面するでしょう。

 つまり本来倒産する状態ではない東電を、政府が負うべき責任まで押しつけてつけて倒産させた場合、その影響が被災者に襲いかかるのです。



◆政府は簡単に東電の責任といって逃げるが・・・

 東電を潰す為には原発被害の責任を全て負わせれば簡単です、なにせ莫大な規模と範囲が保障対象になるでしょうから。
 しかし、これを行おうとしても極めて困難と考えられる最大のハードルは法律です。

 まず、原子力損害の賠償に関する法律(略称:原子力損害賠償法)では電力各社に下記の通り一定の条件での免責を認めています。

第三条  原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、
       当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。
       ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたもので
       あるときは、この限りでない。

 そして『天変地異』がどの程度の規模を想定しているかは、
 平成10年9月11日に開かれた第3回原子力損害賠償制度専門部会議において次のように想定されているとの発言があります。

(村上専門委員) 結論は賛成だが、関東大震災の三倍以上とは、何が三倍ということか。
また、社会的動乱と異常に巨大な天災地変との関係はどういうものか。

(下山専門委員) 一般的には、震度・マグニチュード・加速度であろうが、三倍といったときには、おそらく加速度をいったも
のであろう。
関東大震災がコンマ2くらいなので、コンマ6程度のものか。発生した損害の規模でなく、原因、主に地の規模であろう。

(事務局) 社会的動乱とは戦争、内乱等をいい、異常に巨大な天災地変とは別概念である。

(能澤専門委員) 原子炉は加速度で関東大震災の三倍までは耐えられるよう設計しているだろうが、一般の建物等の被害はそれをはるかに超えるものとなるだろう。

(部会長) 異常に巨大なといったときの基準は、現時点では加速度であろうと推定できる。
なお、資料の中で原賠法以外の法律を引いているが、天災その他の不可抗力が「競合したとき」に斟酌できる。
異常に巨大な天災地変「によって」生じた損害を免責とする原賠法とは必ずしも同一に論じられないということに注 意すべきである。
これは今回は免責事由に残すが、政府の事後的バックアップにより、国際水準には達しているという理解としたい。

 通常の読解力で言えば『巨大な天災地変とは  “天変地異の規模” によるのであって、予測可能かどうかの問題ではない』と言うことが分かります。
 同時に『異常に巨大な天変地異とは加速度が関東大震災の三倍以上の地震に関連する事象』ということも分かります。

 関東大震災の加速度がおよそ300〜400ガルと言われていますが、気象庁が発表した東日本大震災の最大加速度は2933ガルとなっており、関東大震災の約7〜8倍です。
 今回、福島第一原発は震災発生時に緊急停止しており、津波で冷却施設が壊滅しなければ放射能漏れ事故は発生しませんでした。
 そしてその津波は“関東大震災の7〜8倍の規模の地震”により引き起こされています。

 この基準で言うなら、今回の地震は充分に免責事由に当ると言えます。
 そして、政府及びメディアが「予測可能だったから責任がある」等という発言は大きなミスリードであることを示しています。

 少なくとも完全に免責が認められるかどうかは裁判等で争う余地がありますし、異常に巨大な天変地異の定義が予測可能かどうかではなく、災害の規模で規定する旨の発言があることから、恣意的判断が難しい裁判に持ち込まれれば政府の主張の方が弱いと言わざるを得ません。



◆政府vs株主

 法に基づかない対応を経営陣が行って東電が経営危機に陥れば、「原子力損害賠償法に基づく免責により本来発生しなかったはずの損失を被った事」に対し株主は株主代表訴訟をしてきます。
 今回の件は前項で書いたように、東電には今回の損害賠償について免責になる可能性があります。
 当然、免責を主張しない東電経営陣に対しては厳しい展開になるでしょう。
 特に東電を資産株として運用していた機関投資家には年金関連のものも多く、東電が倒産した場合これらの資産が吹っ飛びます。
 東電を潰した為に年金の額が減る事態もあり得るわけです。
 もちろんそんな事態を座して待つ訳にいきませんから、機関投資家は訴訟も視野に入れた行動を取ることは充分合理性があります。
 この場合、東電だけでなく政府に対しても損害を賠償するように申し入れる事が考えられます。

 仮に国有化と言うことを政府が打ち出しても、上場企業である東電は既に既存の株主がいますので、実行する為には「既存株主から株を買い取る」しかありません。
 当たり前ですが、震災により資産が棄損した分を勘案したとしても東電の一株あたりの純資産(東電の資産を発行株数で割ったもの)は千数百円ですので、これを買い取って国有化するのは資金的に至難の業です。
 株主責任を指摘して減資せよというような無茶な政府発言やマスコミ論調もありますが、損害賠償が免責となれば当然減資の必要はなくなりますので、この線での国有化や懲罰的な減資なども現実的ではないです。

 つまり、現在の東電に関する政府発言は「商法等の法律に基づく関係者の対応を無視したもの」と言えるでしょう。



◆税金の投入は嫌な政府、しかし・・・

 政府としては税金の投入をなんとしても減らし、東電を叩くことで自分の正統性を主張したいようですが、そう上手くはいきません。

 東電が電気料金を上げて賠償金を支払う場合、一部被災者に対して自力救済を要求していることに他なりません。
 東電の管内には、今回の被災地である茨城、千葉などが含まれます。
 損害賠償金を捻出する為に電気料金を上げるということは、これらの地域の被災者から「貴方たちの損害賠償に使うから、その分余計に払って」と言っていることと同じです。
 菅内閣を始め、東電を潰せと言っている人達はこの点をどうお考えなのでしょう。
 被災者に支払う賠償金の原資を被災者自身が支払う・・・おかしいと思いませんか?

 仮に被災地を除いた範囲だけで東電が値上げするというアクロバティックな策を打ってきたとして、この損害賠償を支払うのは「東京電力管内に在住の個人、法人」と言うことになります。
 これは言い替えると「東電管内の住人だけで原発被害を救え」と言うのと同義です。



◆日本はいつから「人治国家」になったのだろう


 ここまでで述べたように、今回の政府対応は法律を無視した対応であり、東電が本気で政府と裁判を行うと成ったらかなり分が悪いと言わざるを得ません。
 そもそも、国民の人気が出ることだけを判断基準に法律に基づかない政治を行うことは、すなわち「大衆迎合型政治」であり、ポピュリズムが国を滅ぼした例は多数存在します。

 法治国家である以上、感情的に納得しにくくても法に基づいた対応をしなければなりません。
 にもかかわらず、法に基づかない対応で東電に全ての罪を背負わせて自分の正義を振りかざす。
 この構図はあの「事業仕分け」と全く同じ
です。

 東電が賠償責任を免れたからと言って、原発問題の責任がなかったことにはなりません。
 賠償以外の方法で責任を追及すればいい。

 ただ、世界の注目を集めている中「法治国家としての対応」をしなければなりません。



◆現実的な解は「原発の国有化」

 さて、東電を潰すことは被災者救済も含めて得策ではない、かといって原発をこのままにするのも・・・
 という点を考慮した解を捜すとしたら、原発の国有化がもっとも現実的な対応といえます。

 つまり「東電所有を含む全ての国内原発を政府が買い上げて国営化する」と言う案です。
 国営化された原発から各電力会社が電力を買い、その利益を次世代エネルギー開発に投入します。
 原発の維持にかかる費用も売電価格に上乗せして確保すればいい。
 その上で、次世代エネルギーの目処が付いた時点で原発を廃止すると宣言する。
 被災者救済に関しては全て国が負担し、かかった費用は次世代エネルギーに関する権利から時間を掛けて回収する。

 発電と送電を分離する案が出ていますが、はっきり言って論外です。
 送電と発電を分けることが何故今回の問題解決につながるのか全く理解出来ません。
 今回の問題は原発であって、火力や水力と言った他の発電方法は関係有りません。
 これらも含めて発電を全て政府が対応すると?
 まさに「論点のすり替え」の見本のような展開です。

 結局、政府が『なにも考えていない』事がよく分かります。
 現在聞かれる多くの政府・マスコミ論調は「法に基づかない制裁=私刑(リンチ)」としか言いようがありません。
 そんな当たり前のことに気が付かず、政府与党内での調整すらせず場当たり的な思いつきで行動する事を「政治主導」と勘違いする民主政権。
 震災以降の日本最大不幸は震災時に現在の内閣だったこと・・・と言わざるを得ません。


【5/19追記】

4月27日の衆院経済産業委員会で共産党の吉井英勝議員が福島第一原発の電源喪失に関して質問し、原子力保安院の寺坂院長が『全電源喪失の原因が津波ではなく地震による受電鉄塔の倒壊である事』を認めました。
これは、津波があっても地震がなければ冷却システムへの電気供給が出来た可能性が有ることを示しています。
非常用電源はあくまで非常用であり、メインの電源が生きていれば喪失しても問題ないからです。

【外部電源喪失 地震が原因 吉井議員追及に保安院認める】 2011年4月30日「しんぶん赤旗」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-04-30/2011043004_04_0.html

また、与謝野馨経済財政担当相は、賠償枠組みの検討過程で東京電力の責任を免除すべきだと主張したことを5月17日の閣議後の記者会見で明らかにしています。
原子力損害賠償法に免責規定があり、今回はそれに該当する事を指摘しています。
また株主等からの訴訟の可能性にも言及しています。
これは、政府が法に基づかない判断を行っている事の傍証とも言えます。

【東電の賠償免責を主張=枠組み検討過程で、与謝野経財相】 2011年5月17日「時事ドットコム」
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2011051700367
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2011年02月02日

TPPは農業問題ではない −TPP加盟で不利益を被るのは誰か−



TPPにまつわる議論は、多くの方々が「農業問題」と受け取っています。
これは初期段階から積極的に反対の論陣を張ってきた農水省とJA、農業関係者の皆様の努力に拠るものですが、残念ながら現時点では『TPP=農業問題』の構図自体が反対支持の広がりを狭くしてしまっています。
ここへ来て農業以外に医療関係からの反対意見が出ておりますが、これも端から見ればポジショントークとしてみられてしまう部分があります。

これらは全て情報不足によるものです。
先日も書きましたが、翻訳文すらない状況で一部分のみのデータを元に議論していればこのようになるのは致し方のない事と言えます。

とは言うものの、問題の本質がどこにあるのかは重要ですし、多くの人の共感を得る為にはTPP問題が自分のことであると認識して頂く必要があります。
そこで「TPP加盟で不利益を被るのは誰なのか?」が非常に大切なポイントになります。

詳細は今月末に扶桑社新書より発売される『TPPが日本を壊す』に譲りますが、具体的にどのような人達が不利益を被るのかを列挙してみます。

《不利益を被る人達その1・農業関係者》

説明するまでもないでしょう。農業分野の開放により農業分野は深刻なダメージを受けることになります。
現在、この分野が最も話題となっていますが、実際はそれも不利益を被る人達の極一部です。


《不利益を被る人達その2・地方の建築業関係者》

TPPの11章には「政府調達の開放」が明記されています。
これまでも、WTOの関係で政府及び都道府県レベルでの開放は行われていましたが、TPPでは市区町村レベルも開放の対象になります。
同時に、小さな規模の工事は開放の除外対象とされていましたが、この基準金額が大幅に低くなります。
地方では公共事業が地域経済の多くを占めている例は珍しくありませんので、この部分を開放すると中〜小規模の建設業およびその関係者は大打撃を受けることになります。


《不利益を被る人達その3・全国のサラリーマン》

TPPに加盟すれば関税等の撤廃で域内が全て国内と同じ条件になります。
日本で作らなくても、海外から輸入した方が安い場合、企業としては輸入を選択することは何ら不思議ではありません。
そして、この環境では『国民の利益と企業の利益が相反する』のです。
日本企業は生き残りの為に、海外工場で生産した「日本製品」を逆輸入してくることになります。
特にこのまま円高が進むと考えられている状況では、域内であれば条件が同じなので国内生産を海外工場に振り分けて安い商品を流通させることになるでしょう。
『日本人の雇用を減らすこと=企業の利益』という構図が出現しても何ら不思議はありません。
現に先日の報道では、某メーカーが「このままでは国内の雇用が1/5になる」と発言して話題になりましたし、企業が海外生産→逆輸入の選択を行わない理由が全くありません。
当然、海外で生産可能な物品やサービスに関する企業は全てこの選択を迫られるでしょう。
そうなったら、人数的に最大の不利益を被るのは『サラリーマン』なのです。
TPPに関して、どうして連合をはじめとする労働組合が大きな声を上げて反対しないのか、私には全く理解に苦しむところです。


《不利益を被る人達その4・全国の医療関係者》

医療関係者もTPP反対の論陣を張り始めましたが、この分野も影響を受けます。
特に労働力の流入、外国資本の参入が影響しそうです。



・・・とまあ、簡単に上げても不利益を被る人達はこれだけいます。
利益を得られる人達の方が圧倒的に少ないでしょう。

TPPに反対するなら、これらの人達全てが声を上げねばなりません。
問題は農業だけじゃない、日本人のほとんど全てが不利益を被るのです。
ラベル:TPP
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2011年01月12日

法律や条例はルールであって道徳ではない 〜児童ポルノ法改正案 と都条例改正議論の類似点〜

皆様、新年明けましておめでとうございます。
年末から昨日まで原稿締め切りに追いまくられるデスマーチだったため、私にとっては今日が事実上の年明けです(^^;

さて前のエントリーをUPした後に、「児童ポルノ法改正案の問題と今回の都条例改正問題の違い」について聞かれました。
様々な点で今回の条例改正と児童ポルノ法改正案とは異なるのですが、2点共通の部分があります。
それは「判断基準が曖昧で“恣意的運用”が可能」「特定の道徳観の押しつけ」と言う点です。
児童ポルノ法改正案も都条例改正も国民の自由を制限する法律や条例ですので、客観的で誰が判断しても同じ結果になる事が大切なのですが、この最も大事な部分が欠けています。
特定の道徳観が国民全体の価値観となっている場合、例えばイスラム教国ではイスラム教に基づく道徳観が国民全体の基本的なコンセンサスを得ているので特に問題にはなりにくいですが、国民共通の価値観になっていない場合は、特定思想に基づく検閲と何ら変わりなくなります。
これはヒットラーなど過去の独裁者たちが国民を弾圧、統制するために行った言論制限や検閲行為と同じ類のものです。

ということで、都条例(東京都青少年の健全な育成に関する条例)の改正については今後書くとして、とりあえず以前児童ポルノ法改正案の問題が起こったときに別の場所で書いた文を参考として転載します。
べ・・・べつに原稿書く時間がないから埋め草ってわけじゃないんだからねっ(^^;
なお、以下に転載・再録した文章は2009年07月25日に別の場所でエントリーしたものですので、現在と状況が違う部分もあると思いますが、基本的な問題点は変りません。



【法律は道徳ではない 〜児童ポルノ法改正案と痴漢えん罪の共通点〜】


児童ポルノ規制法はなにを目指した法律なのか

児童ポルノは「実は既に規制されて」います。
”改正”ですから当然規制法案は既に存在します。
児童ポルノ規制法の正式名称は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」です。

そもそも、児童ポルノ規制法は第一条に『児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利の擁護に資することを目的とする。』とあるとおり、 「 性的搾取及び性的虐待から児童を守るため 」 の法律です。
これはどの国の児童ポルノに関する法律でも同じです。
つまり「”児童の”性的搾取」および「”児童の”性的虐待」から児童を守ることのみがこの法律の目的であり、それ以外の部分は本来の趣旨に反する内容と言えます。

言い換えればこの法律は「児童から性的搾取を行う人」および「児童に性的虐待を行う人」を処罰するための法律です。
第一条だけを見るならば・・・ですが。



法律とは「ルール」であって「道徳」ではない

法律は「ルール」です。
対象と条件を、曖昧さを排除して厳格に定義することが「ルール」の根幹です。
なぜなら、判断する人によって結果が変わってしまうなら、恣意的な運用が可能になり、そこに利害や感情が入り込む余地が生まれてしまうので、公平な条件であると言えないからです。

児童ポルノ規制法を見てみると、第一条の理念からすれば児童の保護が目的なのですから、当然被害者がいて初めて成立する法律でなくてはいけません。
ですが、今回の改正案では規制対象として「絵や小説など架空の創造物」も対象とされました。
これは被害者の存在しないポルノを規制することになるため、本来の趣旨から逸脱しています。

なぜこのような話が出てきたのかは、この規制を提案した面々が女性議員であることから概ね想像がつきます。
つまり「こんな破廉恥なマンガを野放しにしてはけしからん」という、PTAがよく言うアレです。

ここで問題はさらに大きくなります。
日本ユニセフ協会(これは国際機関であるユニセフとは関係ない、国内の問題のある任意団体です)などが、昨年から提唱し始めた「準児童ポルノ」という概念ですが、これは児童に見える成人や児童を演じた成人、アニメや漫画のキャラなどを対象としており、もはや児童の権利や性的搾取とは何ら関係ありません。
前述の「こんな破廉恥なマンガを野放しにしてはけしからん」という発想も、この準児童ポルノの範囲を想定しているようです。

しかし、この準児童ポルノを全面的に規制している先進国はカナダのみであり、米国では違憲判決を受けています。
そして全面規制しているカナダですら、準児童ポルノに該当する作品を規制するのは児童ポルノの規制法ではなく、「道徳を堕落させる罪(1993年刑法典163条)」での規制です。

つまり、被害者のいない表現物の規制とは「道徳の範疇である」ということです。

道徳とは文化的な価値観であり、これは文化背景や地域、時代、思想によって大きく変わります。
たとえば案外知られていませんが、日本は元々性的には大らかな文化でした。
江戸時代(場合によっては明治あたり)までの日本国民の大部分は農民で、農村では多夫多妻制に近い乱婚状態が珍しくありませんでした。
また男性の同性愛は衆道と呼ばれ、諸外国に比べるとそれほど偏見を持たれないなど、性文化に関してはある意味最も進んだ国の一つであったと言えます。
(○○は俺の嫁やら腐女子文化などもその辺りの文化的風土が影響してそうです。)

このころの道徳から言えば、女の子は13才くらいになれば結婚するわけですから、それ以上の年齢は”児童”ではありません。
児童ポルノ規制法の上限である18才の女子なんて村によって行き遅れ扱いの可能性だってあります。
乱婚(と言うか嫁さんは村全体の嫁という文化)からすると、不倫という概念は村の男性以外と逢い引きした場合に限られますし・・・

まあ、今のPTA辺りが騒いでいる道徳から見るとかなりすごいことになります。

同じ日本国内でも、たった100年ちょっとでこれだけの道徳観の違いが現れます。
ましてや、そこに個人の思想や嗜癖が加味されれば、十人十色を地でいく道徳観が生まれます。
こんな曖昧な判断で人を裁くことが許されるなら、なんでも出来てしまうでしょう。
本来、人を裁くのは神の仕事でした。
それを人間が替わって行う以上、公平で公正なルールによることは絶対的な条件です。
ですが児童ポルノ規制法の改正を叫ぶ方々は、この点に全く目をつぶっています。

道徳は多くの人が共感しやすい部分です。
しかし共感しやすさから妄信的になって道徳を法律に持ち込んだとたん、法律は恣意的運用の対象となり、日本は法治から人治の国に時代を逆戻りしてしまいます。
道徳は大事ですが、道徳によって人を裁くのは文明社会のありようではありません。

法律とは「ルール」であって「道徳」ではないのです。



曖昧なルールはえん罪を呼ぶ

ご存じの方も多いと思いますが、私は文書鑑定や画像解析などで裁判用資料等を作成する仕事も行っていますが、えん罪に関する裁判に関する依頼があります。
ウチに来る中に今のところ痴漢関連のお話はありません。
しかし、多くのえん罪を主張する事件に多く共通するのは、証拠品の取り上げ方が恣意的であると言うことです。
検察側のストーリーに会わない証拠は取り上げない、結果として被告側はえん罪を主張するという構図です。

痴漢のえん罪はもっとひどく、多くは証拠もなしに「被害者の主張のみ」で裁判を進めます。
なぜなら痴漢の証拠を集めるのはとても難しいからです。
そのため、唯一の証拠である被害者の主張(証言)のみで裁判が進み、えん罪が多く発生します。
まあ痴漢関連に関してはいろいろ言いたいこともありますが、いまここで問題なのは、「被害者の主張」という主観的な話で人を裁くと言うことです。
要するに、仮に鞄が当たっていたとか、満員で膝や肘があたっていたとしても、「女の子が痴漢された」と”主観的に感じたら”、現状ではその時点でほぼアウトということです。
この構図は児童ポルノ規制法でも同じです。

児童ポルノ規制法ではポルノを、
  1. 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの
  2. 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
  3. 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
と定義していますが(3)が問題です。

「衣服の一部を着けない児童の姿態」の部分と、「性欲を興奮させ又は刺激するもの」が問題部分です。

まず衣服の一部を着けないと言うのが非常に曖昧です。
夏ならTシャツとショートパンツでもおかしくないですが、冬ならコートを着てない時点でアウトと言われても反論出来ません。
それは衣服を全部着た状態の定義が存在しないからです。

次に、「性欲を興奮させ又は刺激するもの」というのは言い換えれば性的に興奮するかということですが、
たとえば年上にしか興奮しない人(こういう人はいます)や、髭の生えた男性にしか興奮しない人にとっては、少年や少女の裸の写真はなんら性的興奮を起こす物ではありません。
しかし捜査上で検察官などが「この写真は児童ポルノである」と宣言すればアウトです。
その写真が親戚の子供で、夏に一緒にプールに入った時に親御さんに撮ってもらった写真だったとしても、です。

主観的な判断で法律の運用が出来る状態は、すなわち捜査関係者の価値観による断罪に繋がります。
それは言い換えれば、被告本来の意図に反したえん罪を生み出す温床になると言うことです。
交通違反で捕まった時、免許証を出したら免許入れに自分の子供の裸の写真が入っていて、
それを見た警察官に有無を言わさず児童ポルノ規制法違反で逮捕される事だってあり得るのです。

主観的な運用が出来る法律を推進したり認めたりすると言うことは、これを読んでいる方々が、全く自分に罪が無くても、なんらかの恣意的運用でえん罪の対象になる可能性を自分たちの手で作り出してしまうと言うことでもあります。

そして実際の性的搾取や性的虐待の大半は、マンガやアニメ、写真の単純所持といった問題ではなく、子供の親や親族、知り合いといった、子供の周囲の大人によって発生しています。
この部分を放置して、えん罪の温床になるような改正を進めるべきなのでしょうか?

そこをきちんと理解した上で、皆様にもじっくりと考えていただきたいものです。



【補足と参考になるサイト】

性的搾取の問題の根本は、実は「性的サービスを売る側への罰則がない」事だったりします。
業として売春を斡旋すればその業者は捕まりますが、売った本人の女性はた罪を問われ内例が珍しくありません。
援助交際も、買う側への罰則はあっても売る側への罰則がないので、子供は罪の意識を持ちません。
子供の写真やパンツを売る行為も、買った側への罰則はありますが、売った親への罰則はありません、
この辺りが、規制法の効果が半減し片手落ちになっている原因です。

児童ポルノ規制法に絡む日本ユニセフ協会等の発表は欺瞞に満ちています。
たとえば彼らは日本が児童ポルノ大国だと主張していますが、統計的根拠は全くありません。
それどころか、児童ポルノの発信ではアメリカ54%、ロシア28%、ヨーロッパ8%と欧米で90%以上を占めていますし(アジアは7%弱)、
児童ポルノの利用者はアメリカ23%、ドイツ15%、ロシア8%で、日本は2%弱と米国の1割以下でしかありません。

さらに言えば、児童ポルノ規制法改正案の元になった統計を作った財団法人は、日常からデータ偽造を繰り返していたため処罰を受けており、また調査方法は対面式で、こういったデリケートな問題では絶対に使われない手法でデータを集めています。

この辺りはマスコミがほとんど報道しないので知らない方のほうが多いかと思います。


児童ポルノ規制法改正案についてはさらに細かな問題がありますので、
詳しくは下記のサイト等をご覧ください。

posted by FumiHawk at 10:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 情報分析 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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